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更新日誌

  

    2013年9月17日(火)再び山地へ!
     
6月に続き、またしばらくの間ザルツブルク州の山地(海抜1,100m)へ行っていました。秋の山の空気は夏よりもずっと身体によいというので、一昨年信じられないほど元気になれたあの経験をもう一度、と、また秋を選んで行って来たのです。昨日血液検査に行き、今日結果を取って来たのですが、なんとも嬉しいことに今までで多分最高の検査値! 秋の新鮮な山の空気のおかげでグンと元気になれたようです。なんて嬉しい! 実を言うと明日、左下の歯2本、5月に抜歯した箇所にインプラントの手術をしてもらうことになっていて、ものすごく心配だったので、漢方のお医者さんに血液検査依頼状を送ってもらって検査に行って来たのです。これで血液の状態からは心配ないことがわかって、かなりホッとしました。それでもインプラントの手術自体がまだ恐ろしいのですが、何とか頑張ってきます。無事に済むよう、皆さまどうか応援をお願い致しますね。

   でも滞在中の最初はずっと雨で、それも最高気温12℃とか14℃という寒さ。ほとんどどこにも行けずに冬の格好をして過ごしました。やっとお天気が回復して来たと思ったら、また少し早めに熱を出してしまいました。でも4日目には薬が飲めて、熱も下がり、今までの最短期間で済みました。元気になったところで、ちょうど「ディルンドゥルの日曜日」というみんなが民族衣装を着て集まるお祭りがあったので、

 2013年8月9日(金)ついに!
    
オーストリアは昨日、気象観測以来の最高気温を記録してしまいました。オーストリア北東部のブルゲンランド州で、40.5℃に達したのです。ウィーンの中心部でも39.5℃を記録、我が家の温度計の外気温は38.6℃でした。こんなに暑いのは初めて!

   それでも1日、2日超暑い日があるのなら、まだ我慢できますが、何しろもう2週間くらい35℃前後の、カンカン照りの日が続いているので、もう我慢の限界でした。嬉しいことに昨日は、ついに明日から気温が下がります、という天気予報が聞けて、今日のお昼の外気温は29.8℃。ありがたいです。ただし建物の壁がもうすっかり熱くなってしまったので、室温は夜でもついに30℃を越えてしまい、寝苦しいことと言ったら!残念ながら、この先涼しくはなっても、雷雨、豪雨というひどいお天気のよう。また6月のように洪水にならないことを祈っています。

 2013年7月27日(土)クレムス&ホイリゲ
    
在外選挙に行った後、熱で数日寝込み、回復したところで日本から友人が遊びに来て、おしゃべりをしたり、ホイリゲに行ったり、バーデンのカジノに行ったりして、楽しく数日間を過ごしました。そこで今日は、熱の出る前に行ったヴァッハウのクレムスと、友人と行った、ヴィルヘルミーネの丘の少し手前にある小さなホイリゲをご紹介しますね。

 
 クレムスの市門。1416年の建築。      市門を入ると歩行者天国になっています。お店の印を
 左側のカフェでおやつを楽しみました。    表す鋳鉄の紋章がきれいです。道の途中のお店でアイ                       スクリームも食べちゃいました。

    
 歩行者天国で愉快なデザインの置物を売っていました。帰り、ゲットヴァイク修道院のレストランで夕                          食を取りました。ヴァッハウ全体が見渡せて、

                          それはそれは気持ちのよい眺めでした。


とても小さなホイリゲですが、ウィーンの街の眺めがとても素晴らしいのです。でも写真に撮ると、その様子が全く表現できないのがとても残念! 空の色がブルーからオレンジ色に、そしてだんだんと紫から濃い青へと変わっていく様子を、気持ちよい外気の中で楽しみました。

2013年7月11日(木)在外選挙して来ました!
    
6月の初めに在外選挙人証の発行申請をして来たことをお知らせしました。1ヵ月半位はかかるということだったので、そうすると7月半ばになってしまうため、14日までの在外選挙日程では、残念ながら間に合わないだろうなあ、と諦めていたのですが、昨日、日本大使館から、在外選挙人証が届きました、というメールが来たのです!急いで各党の主張その他、参考になりそうなことをあれこれインターネットで調べて読み、今日、早速日本大使館に在外選挙人証を受け取りに行き、その場で投票して来ました。間に合ってよかった!

  原発の再開とか、国防軍の設立とか、憲法改正をしやすくするとか、もしそうした場合、その先の展開は、国内的、国際的に見てどうなって行くのかを、しっかり見据えないままに変えてしまうのはとても危険だという気がします。国民の安全が守られ、暮らしやすくなる方向への舵取りができる結果になりますように、と願うばかりです。

2013年7月2日(火)ハプニング休暇
    
すっかりご無沙汰致しました。6月上旬からしばらくザルツブルク州の山地に保養に行っていました。3〜4日経つと、ウィーンとの約1,000mの高度差にも慣れたので、数日後、近くのお城の中庭で開かれた合唱祭に行って来ました。チロル地方からも、大水害を受けたドイツのザクセン・アンハルト州からも合唱団が来ていました。それまで雨がちだったのに、始まる頃にはお日様が照り始めました。どの合唱団も選曲に個性があり、それぞれに素晴らしくて、とても楽しんで聞けました。

  
 マウテルンドルフ城              男声合唱団。オーストリアの民族衣装で。

  
女性4人の合唱団、お揃いのディルンドゥルが   ドイツのザクセン・アンハルト州からの合唱団
素敵でした。

  
指揮者の後ろに隠れて見えない団員のヨーデルが  ディルンドゥル合唱団。男性も少しいました。
素晴らしかった!   

さて、私は30分も日に当たっていなかったのですが、帰宅すると紫外線当たりにかかっていました! 少し熱が出て来たと思ったら、それがきっかけになって、私の熱が早く来てしまい、それ以降宿で寝る羽目に。しかもそのうち、お腹の右側の一箇所が押すと痛くなるおまけまで!心配で、宿から紹介してもらった、近くのお医者さんに行きました。一箇所が痛いだけなら、たいしたことはないでしょう、腸の炎症でしょう、ということで、胃腸にだけ作用する抗生物質をくれました。そうしたらもう翌日には痛みが軽くなり、4日目にはほとんど消えたので、本当にホッとしました。

私の学生時代のクラブの友人が、10日ほど後から、夫婦でドイツから来てくれていました。たくさんおしゃべりしようと楽しみにしていたのに、一緒に食事に出掛けられたのはたったの一度だけ。後は彼らが私が寝ているところを訪ねてくれました。それでも日頃はなかなか会うチャンスがないのに、色々おしゃべりができたのは、とても嬉しいことでした。北ドイツには山がないので、彼らは山歩きを大いに楽しんでいました。

4日目で薬が終わったので、もう一度お医者さんに薬をもらいに行き、前の晩には38℃以上の熱があったので、ステロイドを飲んで、とりあえず下がった状態でその日、300kmの道のりを走ってウィーンに帰りました。で、帰宅するとすぐベッドへ。6日目には、多分私の熱と、腸の炎症とが一緒になった熱も、ようやく下がりました。             

     
  宿の近くの散歩道。小さな小川が流れています。  タンポポの綿毛がいっぱい!      

 
   6月の今、リラが満開。ウィーンでは母の日の頃
   満開になります。

 

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