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2010年10月31
(日)オーストリアは今日から冬時間!
今日(10月31日)からオーストリアは冬時間になりました!10月の最後の
日曜日の午前2時を1時間戻して午前1時にし、冬時間に切り替えます。これで日本との時差は今までより1時間増えて8時間になりました。電話をする時や、
メールが着く時間を計算する時にご注意くださいね。
日本が今午後8時だとすると、オーストリア(中欧)は同じ日のお昼の12時です。日本時間からマイナス8時間してね。
2010年10月26
(火)オーストリアが永世中立を誓った日
10月26日は、オーストリアの国民の祝日。なぜかと言うと、1955年の今日、
10年間の占領の後、前日に連合軍(英米仏露)の最後の兵士がオーストリアの地を去った後、国民議会が永世中立法を可決した日だからです。
今日、王宮前の英雄広場には軍事用ヘリコプター、戦車などが展示され、誰でも中に入って見学することができました。大統領府を訪ねて大統領と握手したり、国会の見学もできました。オーストリアには現在6ヶ月の兵役(民間奉仕の場合は9ヶ月)がありますが、新兵たちの宣誓も行われました。
今議論の的になっているのは、兵役は必要かどうか、職業軍人による軍隊の方がよいのではないか、ということ。このところヨーロッパのかなりの国が兵役を廃止しており、兵役はもう時代遅れだ、という意見もあります。同時に兵役はやはり必要だという意見もあり、まだまだつっこんだ議論が必要なようです。
2010年10月22日(金)
緊急お知らせ!『ちび』絶版!『ギルとロッコ』絶版近し!
ミラ・ローベ作の絵本『にぎやか色のちび』『『赤いロッコと緑のギル』の出版元、エルアイユー社から、保管を頼んでいた印刷会社が事業縮小となり、倉庫賃貸契約も打ち切られてしまったため、廃棄処分をせざるを得なくなってしまい、現在事務所には「ギルとロッコ」が90冊あるのみという知らせを受けて
びっくり仰天しました。
出版後3年くらいすると残った分は廃棄処分、絶版となるのが一般的なので、6年間、絶版にせず売って下さったエルアイユー社にはありがたいと思って来ましたが、今度のことは寝耳に水。もちろんエルアイユー社にとっても印刷会社からの知らせは寝耳に水であったことでしょうし、廃棄処分は苦渋の決断だったことでしょう。
それでも『ちび』が突然絶版というのは、本当にショックとしか言いようがありません。『ギルとロッコ』も今ある90冊が売れた後は絶版となり、その後は本を買うことはできなくなってしまいます。
『赤いロッコと緑のギル』に関心をお持ちの方、また内容ご紹介を読んで関心を持って下さった方は、どうか在庫がなくなってしまわないうちにご注文頂きますようお願い致します。違うもの同士が理解しあうことの大切さと素晴らしさを描いた、冒険いっぱいの楽しく、感動的なお話です。
HPトップのロッコとギルのシンボルをクリックすると、内容ご紹介、その下の「上の両絵本の注文はこちらからできます。・・・」の部分をクリックすると、直接エルアイユー社の注文フォームに飛べます。なお送料はエルアイユー社で負担してくれますので、書店で買うのと同じ値段で購入できます。
アマゾンで中古本があるかどうか調べたところ、『ちび』(定価1500円)は3冊が900円弱で、『ギルとロッコ』(定価1600円)は2冊、そのうち1冊は定価で、もう一冊は2000円で、出ていました。
内容の素晴らしさに惹かれて、一人でもたくさんの人たちに読んで欲しいと心を込めて訳した本が消えてしまうというのは、とても寂しく、悲しく、残念です。
「ギルとロッコ」の内容紹介は上のシンボルをクリック!
注文フォームへはこちら→ エルアイユー社注文フォーム
2010年10月22日(金)チリ落盤事故
リヒャルトさん、丁寧な書き込みを本当にありがとうございました。
チリの落盤事故で閉じ込められた33人が一人残らず無事に救出されたのは、大きな危険を伴う救出活動だっただけに、本当に嬉しいことでした。特に生存がわかった17日目までをどう耐え抜いたのか、これは信仰の力、あるいは人智を超えた大いなる力への確信がなくてはきっと不可能だったと思います。
ふいづさん、そうですよね、「お天道様」ですよね。日本人はこの言葉で
「大いなる力」を表現して来たのですよね。そして「お天道様」に見られて恥ずかしいようなことはしてはならない、そうでなければ「バチが当たる」という考え方が
倫理の柱としてあったのでした。本当にいつの間にか、この言葉は消えてしまいました。これは何を意味するのでしょうか? 戦後の経済発展と共に、しだいに人間として恥ずかしくない生き方をすることより、経済的に豊かな生活をすることの方に価値が置かれるようになり、教育もしつけもだんだんとそれだけを
目指して行われるようになってしまったことにあるように思います。
そしてその遠因として戦後、それまでの価値観がガラガラと崩れたのに、それに代わる新しい価値観の構築を怠って来たために、人々が生きるための価値観を失ってしまい、お金にしがみつくしかなくなってしまったことがあるのではないかと思います。
リヒャルトさん、チリの落盤事故救出作業に使われた巻き上げ機を製作し、また機械を1mmの間違いもなく操作して、700mの地の底から33人を助け上げたオーストリア、エスティ・シュテッティン社の3人は、英雄扱いというほどではありませんが、新聞では大きく報道されています。今回この会社が依頼を受けたのは、今年の2月にもチリの鉱山で似たような仕事をしていたからだそうです。オーストリアはスイスと並ぶ山の国ですから、トンネル工事のノウハウの蓄積には大きいものがあり、技術輸出の重要な部分を占めています。
またオーストリアと言えば観光と農業の国というイメージがありますが、観光と並び、鉄鋼、機械、自動車産業などの盛んな工業国でもあります。人口比で
ドイツの10分の1、巨大企業より中小企業が中心という小さな国なので、数では目立ちませんが。第二次大戦後の1948年にはLD法(純酸素上吹転炉法)という、溶けた鉄に酸素を吹き付けることによって不純物を大きく減らす画期的な製鋼法を開発し、世界的に広まったことにより、戦後の賠償金返却に大いに貢献しました。
リヒャルトさん、オーストリアの活躍を共に喜んで下さって、ありがとうございます。さらに広報宣伝までして頂き、オーストリア共々(?ちょっと変な言い方ですが)心より感謝申し上げます。何しろ昔はたいてい、何? オーストラリア?と言われたほど無名だった小さな国ですから、これを機会に、あ、オーストリアって結構活躍してるんじゃない、と知って頂けたら、私もとても嬉しいです。
オーストリア→山の国→トンネル工事大得意、は、みなさん、どうぞ覚えておいて下さいね。
2010年9月22日(水)信仰の力
(BUNDさんが素晴らしい投稿をして下さったので、BUNDさんの許可を得て、ここに掲示板より、転載致します。)
ここで話題になった宗教心について、私にも少し思うところがあるので、投稿してみます。
先日、妻の願いにより彼女の友人夫婦のお宅を訪問しました。つきあいの悪い私をたって誘った理由とは「麻雀の相手をしてほしい」ということでした。妻は麻雀などまったく知りません。お相手のご夫婦も70歳近くなった最近始めたばかりで点数も数えられないと聞けば、なおさら行きたくありませんでした。そもそも何で今さら麻雀なんか始めたの、その人たちは?と尋ねると妻はこう答えました。
奥さんは私の昔の同僚で、ご夫婦揃って私のテニス仲間だってことは、知ってるでしょ(「いや、知らない」とは、この場合言えないので、私は黙ってうなずきました)。
お二人ともとてもいい人なんだけど、奥さんは私がこれまでに会ったなかでいちばん優しい人だといってもいいくらい。ところがご主人が肺癌と診断されて、すでに転移しているから手術はできない、ということになったの。で、抗癌剤と放射線治療を続けるうちに、脳に転移した癌が脳梗塞を併発して、半身に麻痺が残って、リハビリを同時にしなければならなくなって、テニスどころか外出もままならなくなったというわけ。
悪いことは重なるもので、今度は奥さんに癌が発見されて手術という
ことになって、今ようやく二人とも小康状態なの。そんな状態でもとても明るくて、屋内ですることで、相手があって、会話を交わし、手も頭も動かしながら、大人の関心や向上心が保てて、けっこう長い時間をすごせる遊びとは何か?と一緒に考えた結果、お二人は麻雀をえらばれた、ということなのよ。
そこまで聞けば、断ることはできません。そうか、分かった、行こう、と私は答えたのです。(続く)
麻雀というゲームは、正月に家族が蜜柑を賭けて楽しく遊ぶというようなものでは決してありません。大の大人がけっこうな金を賭けて、同僚どうし血眼になって勝負を争ったり、上司や取引先を喜ばせるために適当に勝たせようという俗の俗たるゲームです。
私も若い頃は人並みにやりましたが、家庭を持つようになってから急速に興味をなくし、この数年間は牌を見たこともありません。
今回は、先方が車で送り迎えをしてくれて、夕食もどうぞという話ですが、ただし「賭け」の要素は皆無、ただただご主人の肉体と精神のリハビリにお付き合いするというであって、私としてはやむをえないお付き合いと割り切って、家族トランプと何ら変わらぬゲームに臨むことにしたのです。
伺ったお宅は引退したご夫婦のお住まいに手ごろな広さのマンションの一室で、言われてみればやや手が不自由そうなご主人と、傍目には健康に見える奥様の静かな暮らしぶりがしのばれる雰囲気でした。
型どおりの挨拶が済み、さてと卓を囲み、脇にワイングラスを置いて始まった麻雀は、わが人生で最もスローな展開となりました。牌を持つたびに皆さんじっくりと考えを巡らし、悩みをストレートに打ち明け、意見を交し合う異色の勝負はいつ果てるともなく続くと思えました。
およそ2時間をかけて半荘を終えた私たちは、次の間に移って夕食を頂いたのですが、その部屋に小さな神棚と見えた漆塗りの厨子のような箱に収まった像を見た時、はじめてこの方たちはクリスチャンなのだ、と気づきました。それは十字架に掛けられたイエス像で、その周りにご先祖とおぼしい名前が何人か書かれていました。
伺ってみれば、ご主人は長崎のご出身、いわゆる「隠れ切支丹」の末裔で、明治期に改めて洗礼を受けて以来、堅い信仰を守ってきたカトリックのお家柄ということでした。
なるほど、それで麻雀などという神の御心に適わぬ賭博など今の今まで考えたこともなかったのか…と私は納得しました。お話の端々に代々受け継いできた自然な信仰心が感じられ、死に際しては魂を神に委ねると決めた人の強さと心の安らぎが伝わる思いがしました。
妻と私は「鰯の頭も信心」、「触らぬ神にたたりなし」の世界に生きてきた普通の日本人であり、魂をどこに預けていいのかも定かでない不信心者です。かといって、心から信じる神も仏もなく、今さら形だけ入信したところで心が付いて行かず、このご家族のような本物の信仰には決して到ることはないでしょう。
我々は、お二人を励まし、つかの間リハビリのお手伝いをするつもりで
伺ったのですが、逆に「あなた方に魂の平安はあるのか?」と問い
返されたような思いで家路についたのでした。(終)
2010年10月3日(日)信仰の力
BUNDさん、よくいらして下さいました! 書き込み、本当にありがとうございます。
とてもよいお話を聞かせて頂きました。人生の極限状態とも言える厳しい状況にあって全てを神に委ねると決めた人の心の強さと平安。
信仰イコール人生と言えるほどまでに信仰がその人の存在のどっしりした根になっている素晴らしい例をご紹介頂きました。人生の核となる哲学という意味での「信仰」、不信心な私たちにとっては、人生はいかなるものなのかについての確信と言ったらよいのかもしれませんが、この思いを確立することは、惑うことなく、明るく、平安に生きていくために、全ての人に必要なのではないでしょうか。
ふいづさん、
>汎神論や自然信仰など、入り乱れて漠然と生活に溶け込んでいる
>日本では、キリスト教やイスラム教など、
>はっきりとした「神」のいる宗教を持つ国よりも
>効率主義や科学と「大きな存在みたいなものを感じる」ことの
>両立が難しいのかなぁ…なんて思います。
私も本当にそう思います。そうそう、手塚治の「火の鳥」は永遠に続く命、宇宙の中の人間という存在、人間を超えた大きな力などについて、考えさせてくれたすばらしいシリーズでした。
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2010年9月22日(水)宗教心
リヒャルトさん、書き込みありがとうございます!
確かに私も、日本人には「私は○○教徒」という信条を持たない無宗教の人が多いと思います。宗教心はあると思うのですが。オーストリアに暮らしていると、人々の言動の中に、宗教的精神が人生哲学としてしっかり根付いているんだなあと感じさせられる場面に出会うことがよくあります。日本ではむしろ宗教を持たないことが精神の自立を示すみたいに思う傾向があるのではないかと
感じるのですが、これがかえってしっかりと根を張った人生哲学を持ちにくくしているのでは、と思うことがあります。
ビッグバンを生み出した宇宙の生命エネルギーと言っても、神と言ってもよいのですが、人智を超えた大いなる存在があると認識することは人間が謙虚でいるためにも必要だと思います。こういう大きな意味での宗教心、人生哲学を持つことはとても大切なことではないかと思います。ものすごく長くなってしまうので、一挙に飛躍してしまってすみません。
同時に同じ宗教の中での宗派の争いは、自分は正しく、相手は間違っていると言い続けても、ましてや相手を殺しても憎しみを増大するだけで、決して解決にはなりませんから、どこが違うかではなくて、どこが同じかを見ていくことが大事なのではないかと思います。そこからなら相互理解の糸口が探せるのではないでしょうか。
2010年9月20日(月)9.11
リヒャルトさん、9.11についての書き込みありがとうございます。
9.11事件の起きた日のことは私もとてもよく覚えています。ちょうどオーストリアの田舎で、『だいじょうぶ!一人でも生きられる』の最後の仕上げにかかっていました。部屋に入ってテレビのスイッチを入れたら、リヒャルトさんと同じく、
ちょうど貿易センタービルに飛行機が突っ込む場面でした。一瞬、映画の一場面かと思いました。テロだとわかった時には、全てをコンピュータで操作できる時代になってしまったのか、という思いが一瞬よぎりました。
貿易センタービルの跡地の近くにモスクを建設するという計画に対し、賛否両論ぶつかり合い、コーランを焼却するぞという教会まで現れましたが、もともとアメリカ合衆国は、移民の国ですから、信教の自由、各教徒の持つ尊厳の尊重は、どこから来た民族にも認められなければいけないものだと思います。
ですからイスラム教徒の心情を理解するべきであれば、同時にあの場所で、しかも恐怖の中で無念にも亡くならなければならなかった人たちと、理不尽にも、愛する人をそのようにして失わねばならなかった遺族の方々の心情を理解すべく努力するのも当然ではないでしょうか。
そうしたら、あの場所のすぐそばにモスクを建設することが不適当であることは、すぐに理解できるはずではないでしょうか。感情の波が押し寄せることのない、別の場所に建設すべきではないかと、私は思います。
ふいづさん、フォローをありがとうございます。ほんと、ふいづさんのおっしゃるように、宗教的な建物が人間同士の理解を深めるのであれば素晴らしいですけれど、反対に憎しみをあおってしまうのだったら、神様はとても悲しまれますよね。「イスラム教徒がテロリストなのではなくて、テロリストがイスラム教徒だった」と理解しているからこそ、オバマ大統領はモスクの建設を認めたのだと思いますが、だからといって、貿易センタービルで亡くなったキリスト教徒(あるいは仏教徒、ヒンズー教徒その他様々な宗教に属していた人たち。もしかしたら、イスラム教徒だって混じっていたかも知れません)の気持はどうでもよいということになったら、それもおかしいですよね。
2010年9月3日(金)マウテルンドルフは雪!ウィーンは暖房!
ウィーンへ戻って来た日が「最後の夏らしい日」との天気予報どおり、その翌日から冷えて来て、8月30日(月)には、マウテルンドルフに雪が降りました! 数日前まで、自分のいたところが、今、真っ白だなんて! しかも同じ場所が、ウィーンへ出発した26日には30℃のカンカン照りだったのです。
ウィーンでも最高気温が10℃になり、強風と雨という週末。8月に10℃だなんて、信じられない気温です。週明けてほんの少し気温は上がりましたが、家の中は薄ら寒い状態。管理人さんに電話して、今日、ついに暖房が入りました!
日本ではいまだに35℃の暑さなのに、うそみたい! 日本では熱中症にならないように、こちらでは風邪を引かないように、気をつけて過ごしましょう。ああ、こちらの涼しい空気を送れたらいいのに!
2010年9月2日(木)ご心配おかけしました。起き上がりました!
みなさん、ご心配ありがとうございました。もうだいじょうぶです!
さて、初めて起きたびっくりしたことというのは、次の現象です。
副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)を飲むと、自律神経系が緊張状態になります。服用量によって副作用も違って来ると思いますが、私の場合は交感神経が興奮しっぱなしになり、飲んだその日の晩か、その翌晩、一晩中、全く眠れない日がやって来ます。朝の6時頃になって、やっと2〜3時間眠れるか、そのまま眠れないか、という場合が多いのです。
ところがマウテルンドルフで寝ていた間は、服用の正しいタイミングをはずしてしまったらしく、なかなかちゃんと熱が下がらず、1週間も飲み続けていたのに、その間、ずっと夜も普通に眠れたのです! こんなことはいまだかつて経験したことがありません!
それまで既に3週間をそこで過ごしていましたから、転地保養の医学的効果が現れたとしか考えようがありませんでした。2週間と3週間の効果の違いは、今回、体で感じていましたが、ここまでとは思っていませんでした。
だって、副腎皮質ホルモン剤を飲んでも、自律神経系(交感神経・副交感神経)がそれに負けないで、しっかり正常に機能したということになりますからね。
としたら、転地療養の大効果の証明ですよね! というわけで、熱は出たけれど、おかげで効果も目の当たりにできて、嬉しかったというわけでした。
あと半月ほどしたら漢方の先生の診察に行きますから、その直前に血液検査に行きます。結果はどうでしょうか? 楽しみです。
でもそのあとが大ミスでした。考えてみたら、まだ体力がちゃんと回復していない時に、何もわざわざ一番日差しの強い時間を選んで走る必要はなかったわけで、最後のおやつをあのおいしいケーキ屋さん、ホーフライトナーで味わってから帰って来てもよかったのに、5日も延泊した後だったので、なぜかとにかく
早くウィーンへ帰らなければ、という思いでいっぱいになってしまっていました。
で、結果として、1週間も経たないうちにまた副腎皮質ホルモン剤を飲むことになったわけですが・・・。あまりの仕打ちに、体が「けっ、またかよ。もうがんばれねえよ。」と怒りの声か悲鳴をあげたらしく、熱はすーっと下がってくれたのだけれど、飲んだ日の晩、つまり一昨日から昨日にかけては、ついに朝6時半まで一睡もできず。その後1時間ほど眠れましたが、それでおしまい。昨日から今日にかけては朝4時半まで眠れず。それから5時間眠れたので、よしとして起きました。
さて、ここで疑問が湧きます。自律神経系を強め、整えてくれたあの転地療養効果は、帳消しになってしまったのか??? そうは思いません。2週間と3週間の差は現地にいる時から、「体の機能のひとつひとつがしっかりしてきたイメージ」として感じられていたし、これほどストレスから完全に解放されて気持ちよく過ごせたことは今までなかったし、自律神経系の方もあれだけ頑張ってくれたのに、さらに追い討ちをかけたので、「いくらなんでもこれじゃ疲れたよ」状態に陥っただけで、完全なお手上げ状態になってしまったわけではないと思います。
漢方の先生のところに行くまでできる限り健康な食事を心がけて、少しでも挽回するつもりです。それにしても、あんなに頑張ってくれたのに、ウィーンに戻って来てまで、副腎皮質ホルモン剤の追い討ちをかけてしまうなんて、本当にお粗末でした。
2010年9月1日(水)LED電球
リヒャルトさん、日本の会社がルーブル美術館にLED照明を装備するなんて、なんて素晴らしい、巨大契約でしょう!それはそのまま、大きな信頼を勝ち取ったことを意味するわけですから、日本のLED照明技術にとって喜ばしい大ニュースです。これをきっかけに他の美術館にも広げていけたら、嬉しいですね。
一般家庭にも広がって行くだろうし。
ドイツではどうかよくわかりませんが、少なくともオーストリアでもLED照明がよいということに関しては、全く問題はありません。余り広まっていない理由のひとつは、ヨーロッパのLED電球は残念ながら日本製品のように優秀でなくて、質が揃っていず、値段は白熱電球の10倍もするのに、すぐ壊れてしまうものが多過ぎるのです。質と値段のつりあう製品の開発・製造が必要です。もちろん広報も大事です。
それともう一つは、EUの独断的な決定の仕方です。EUロビイと結託して、巨大な利潤のために、「LED電球は優れている、だからEU市民みんなが買わなければいけないことにする。従って、白熱電球の製造・販売は禁止する」と、全く市民に尋ねられることなく命令されたら、いくらLED電球が優秀だとしても、喜んで買うでしょうか? これはもう政治的な問題です。
LED電球だけではありません。例えばEU加盟国は、遺伝子組み換えをした穀物飼料を輸入しなければいけないことになっています。オーストリアは、遺伝子組み換えをしない農業、有機栽培農業を促進しようとしているので、それにはもちろん反対です。そこで今、「輸入しなくてもよい」という許可を取り付けるために、一生懸命動いています。でも、自分の国の農業をどのように発展させていくかを決定するのは、もともと主権があるはずの各国ではないでしょうか。
2010年9月1日(水)ただ今! たっぷり山の空気を吸って来ました
リヒャルトさん、ふいづさん、ありがとうございます!
結局4週間近くいたことになりましたが、とにかくこんなにストレスから解放されてのびのびと楽しめた休暇はありませんでした。今までは1週間、あるいは2週間だったので、3週間との違いが体で感じられました。それはきっと検査結果として出てくるはず。それまでは、健康な食事に気をつけて、少しでも検査結果がよくなるようまじめにがんばります。
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